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■2005/01/31 (月)
「三島霜川選集」から |
三島霜川のことは、何回かこの日記でふれましたが、いくつかの作品を読んでみて、決して過去の作家ではないこと、少なくとも私にとってはふところにいれておきたい作品がいくつもあること、うれしい気持ちでいます。
1/23に一部を紹介した水上勉さんの『霜川選集』に寄せられたエッセイ「三島霜川一家と私」に、“鏡花、秋声のかげにかくれて、その奇行と、冒険的な創作を一部に認められながら、四十歳ごろから突然、創作の筆をやめ、芝居見物にうき身をやつしつつ、独自な世界見聞記を発表して、日本の芸能批評のはしりとして名著「大正芸風記」をのこし、急逝した霜川の風貌と、その文業に接することの出来るのは、私のような日本海辺出身の後輩には、うれしいことだ。”と書かれた「冒険的な創作」は、明治期のものと思われないくらいみずみずしい筆致で、登場人物の心境とともに描かれる風土自然の描写の確かさは、まったく霜川独自のものです。
「青空文庫」でもいくつかの作品が読めますが、「埋れ井戸」「飢餓」「水郷」「村の病院」「解剖室」に、霜川らしい風土と自然の描写が生きているように思います。
“解剖室は、校舎から離れた独立の建物で、木造の西洋館である。栗色に塗られたペンキは剥げて、窓の硝子も大分破(こわ)れ、ブリキ製の煙出も錆腐って、見るから淋しい鈍い色彩の建物である。建物の後ろは、楡やら楢やら栗やら、中には漆の樹も混じった雑木林で、これまた何の芬(におい)も無ければ色彩もない、まるで枯骨でも植え並べたような租林である。この解剖室と校舎の間は空き地になっていて、ひょろりとした槲(かし)の樹が七八本、あちこちに淋しく立っているばかり、そしてその陰に、または所々に、雪が薄汚くなって消え残っている。地はくろずんで、ふかふかして、ふとすると下萌えの緑が眼に映る。”(「解剖室」より。一部表記を改めました。)
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