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きのうは一日、雪が降り続き積雪量もかなりのものとなる。新潟県の中越地方はもともと豪雪地帯で、今回の雪はかなり厳しいものになりそうである。
雑記。
講談社文芸文庫の国木田独歩『欺かざるの記抄』を拾い読み。
“恋愛小説を思わせる日記”(本多浩氏の解説のタイトル)だが、北海道の記述が多く、ふと津田仙のことを思い出す。その途端、本文中に“津田仙”の名を見出して、不思議な感慨にとらわれる。どうして津田の名前が思い浮かんだのか自分でもわからない。「注」に“幕末の洋学者。明治時代の農業界の先覚者。基督教徒。”とある。梅子の父と書いてないのが愉快だが、注としてはどうなのだろう。
明治三十年の記述に“布佐”の地名を見つける。“田山君と共に布佐なる松岡君を訪ふ、滞在四日。四日の間の事、忘るべからず。”――松岡君とは、柳田国男のことである。
ところで、三島霜川の文中におととい見つけたのは「布佐」ではなかったか?。確認しようにも、さがしても見あたらない。
独歩の「布佐」は、“利根川河畔の町。松岡(柳田)国男の長兄要がここに医業を営んでゐた。”
あれ、この「注」、旧仮名〔ゐ〕を使っているということは、原注なのかな?。そいうえば〔基督〕も変だ。
まぁ、ゆっくり読もう。
〔追記〕
三島霜川は上京(1894)後、たしか国木田独歩の支持をえて処女作「埋れ井戸」を発表したのではなかったか。それにしても霜川の信頼できる年譜がないのが残念。
〔追記2〕
『三島霜川選集・中』年譜中に、“明治三十年(1897) この頃『人民』新聞に入る。(三十三年まで)編集長は国木田独歩。八月、「埋れ井戸」が『新小説』の懸賞小説に当選した。稿料は三十円”とあります。
「人民新聞」は、「国民新聞」ではなかろうか?。また、星亨の「民声新報」にも独歩の縁で関係しているのではなかろうか。
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