めぐり逢うことばたち

短詩・樹花たまには歴史の歳時記 by かぐら川

2005年09月19日

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さるさる日記
■2005/09/19 (月) 霜川の故地を訪ねて(1)

三島霜川(才二)は、1876年(明治9)年7月30日〔4月8日とも〕、「砺波郡下麻生村八王子686」〔現・高岡市下麻生〕に生れました。

一度、彼の生地を訪れてみたいと思いながら、現在地を確認することを怠っていて未だに現地に足を運んでいませんでした。
砺波郡下麻生村は、江戸時代に北陸道と呼ばれた道よりも古くかつ山よりの道が庄川を越えたところにある、庄川右岸の街道筋北の田園地帯で、現在は高岡市下麻生になっていますが、この下麻生はかなり広い区域なのです。

きょうふと思い立って、夕方に車を飛ばしました。三島霜川の故地は夕方こそふさわしいと言うわけでもなかったのですが。

主要な道になんの案内板もなく、予想していたことではありましたが、霜川の生れた場所を探し出すことはできませんでした。
夕暮れに庄川の堤防が黒く見え出した頃、神社を見つけ、その脇の田に無人の焚き火を見たとき、霜川の作品に映し出されている川越えの集落を目にした思いでした。霜川の生れた集落の産土社は「五社之社」であり、ここの麻生神社が五社之社を合祀した神社であるかどうか不明ですが(よって神社周辺が生誕地近くだと言うことではないのですが)、辺りを闇につつんだ大河沿いの田に温かくもさびしく燃える焚き火はそこで語る「虚無」の二人――久しぶりに故郷に帰ってきた蓮子とそこで出会った老爺・作蔵の焚き火での語らいを思い出させるものでした。

“西の方の高山の後は、其の向ふの地の底から火を噴いてゐるかと思はれるやうに夕映えがしてゐる。其の光を掻濁した、薄い雲が煙のやうになって浮動している。空気が澄みきっているので、其の色彩が鮮麗だ。光の輝いてゐる部分だけ、山の影は、黒く、濃黒に紫立って、脈や、襞や高低がカッキリ見える。山脈は全て相連なってゐるかと見えて、北に走り南に流れ、また波状に勾配を作って、ウネウネと野に下って、下るに従って、色彩は鈍く蒼ざめて来る。それでも弱々しい光が微動してゐる。下りきったところが丘になってゐて、丘に沿って、村の森が暗然と大気を斑つけてゐる。其処はもう薄暗い暮れの色が漂ってゐた。其の中にポチポチ、彼方此方に土蔵の白亜がポーッと夢のやうに浮いてゐた。光は隅から、また下の方から次第に消えて行く。其処らの木立ち――大概は榛――は影のやうになって、風も凪ぎた。尚だパッと明るい空を羽根の白い鳥が何処から何処へとなく飛んで行く。蓮子は何といふことは無くじっと其の行方を見送った。”(「虚無」より)

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