めぐり逢うことばたち

短詩・樹花たまには歴史の歳時記 by かぐら川

2005年09月25日

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さるさる日記
■2005/09/25 (日) When were they born?

明治初期に生れた人物は何故か、生年月日のはっきりしない人が多いようです。まったくわからないというのではなく、家族制度上の問題から戸籍の記述が偽りのものだったり、吉日を選んで届出がされたり、理由はともあれ戸籍上の生年月日をみずから否定している人があったりするのです。

この日記に登場する国木田独歩、徳田秋声、横山源之助、三島霜川・・・。私などには、彼らの生年月日がいつなのか、判然としません。(明治初期とは言えませんが、宮沢賢治もそうです。)

徳田秋声は最近の簡略な年譜には、「明治四年(1871)、十二月二十三日、金沢市横山町二番町一番地に生れる。」というように書いてありますが、戸籍上は「十二月朔日(ついたち)」と記されていると言います。
当時金沢市がまだ存在していなかった(当時:金沢県金沢町)ことはともかくとして、十二月朔日であろうと、十二月二十三日であろうと、これらが陰暦上の日付であれば、(1871)という太陽暦併記は間違いで、(1872)にしなければならないという問題もでてきます。
(なお、秋声と同時期に生れたのが、田山花袋です。彼の生年月日に異伝はないようで、明治四年(1871)十二月十三日〔秋声の10日前生まれ?〕とされています。いずれにせよ、秋声も花袋も《1872年》の生れです。)

三島霜川の生年月日について『選集』の「年譜」には;
「明治九年(1876)
七月三十日、富山県砺波郡麻生村(現高岡市下麻生)にうまれる。四月八日説もある。」となっていて、
二つの生年月日の根拠にはふれてありません。(霜川自らがお釈迦さまと同じ日〔四月八日〕に生れたと言っていた由。)
〔追記〕
当時、現在の富山県全域は、石川県に含まれていたので、正しくは「石川県礪波郡下麻生村」。(明治四年、金沢県は石川県となり、明治九年、新川県は石川県に編入された。)

また横山源之助は、戸籍上は明治四年二月二十一日、横山伝兵衛の長男として記載されているが、養子であり〔資産家であった網元と女中の子であるというが、実父母については不明〕、誕生日についても三歳下の幼友達が源之助死後に著した私家版の『炉辺夜話』(1933)には、明治四年九月と書かれているといいます。

独歩にいたっては、その出生のエピソードに関係があるのでしょうが、明治二年八月二十一日説、明治四年七月九日説、七月十五日説、八月十二日説、十一月一〇日説など(通説は、七月十五日〔戸籍?〕)と5説もあります。

(続く)

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