めぐり逢うことばたち

短詩・樹花たまには歴史の歳時記 by かぐら川

2006年01月21日

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さるさる日記
■2006/01/21 (土) 霜川と露風(4)

昨日も紹介した森田実歳さんの『三木露風研究―「廃園」の成立』は丹念に作品の成立とその背景を追った労作なのですが、残念ながら拾い読みに終わってしまいました。
時間がなかったことも事実なのですが、「象徴詩」というものが私には今ひとつなじめなかったことが「詩人露風の誕生」に立ち会える知的機会を逃すことになったようです。

で、部分的な資料の引用のみさせていただくことにします。(〔 〕内は私が補ったものです。)

“露風の〔美濃新聞での〕記者生活は失格で、〔1906〕9月23日には、花見会の誌友会で親しくなった三島霜川を頼り、駒込木戸邸内の番小屋のようなかれの下宿に転がり込んだ。露風は、その美濃時代に死を思うこともあったらしい。少年の恋は成らず、学費を絶たれ、独立を余儀なくされると共に、文学で立つか否か、憤恨の決意があったのは十八歳のこの時のようである。文学的生涯――困窮と死とから詩の輝きに向かって、歩を踏み出すことになったのは……。”

引用文中の、霜川と露風が出会った「花見会」というのは、その年の4月15日の日暮里花見寺での新声社――文芸雑誌『新声』を発行。新潮社の前身――の誌友大会のこと。
*日暮里花見寺〔荒川区西日暮里3−6 青雲寺のことか〕http://bird.zero.ad.jp/~zam77093/higurashinosato.htm

露風が転がり込んだ場所は、「駒込木戸邸内の番小屋のようなかれ〔=霜川〕の下宿」とここでは書かれています。
そして充分には確認してないのですが、「明治天皇行幸所木戸舊邸」の石碑が残る木戸邸跡となると、現在の豊島区駒込1−10−4近辺になるようです。

森田さんは別のところで、露風の早稲田大学高等予科の入学にふれて調査の結果を報告しておられます。早大の学籍課に問い合わせをされたようです。
森田さんは、“露風は〔1907〕5月7日に早大高等予科に入学を許可された。従来の年譜「9月入学」は誤りである。”とされた上で、たいへん興味深い資料を私たちに見せてくださいました。

入学前学歴 明治四〇年四月二〇日 試験合格

明治四〇年五月七日 早稲田大学高等予科文科入学
   現住所 本郷区森川町一番地南堺裏 徳田方
   保証人 本郷区駒込動坂町一〇五番地 三島才二

明治四〇年九月二八日 同科退学

・・・現住所と保証人の欄をよく見てください。意外な記載があるのです。

(続く)

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