めぐり逢うことばたち

短詩・樹花たまには歴史の歳時記 by かぐら川

2006年03月08日

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さるさる日記
■2006/03/08 (水) 霜川の動坂(3)

きのう3月7日は、三島霜川の命日でした。

(何度も書いているようにのパソコンの具合が良くないので長い文がつづれないので、メモ風の落書きになってしまいますがご了解ください。)

今まで霜川は、「小説家」としてのみ評価されてきたようです。ですから霜川の業績もその足跡も小説家たることを彼が断念した時点以降は、たいへんそっけない紹介になっています。
今公刊されている年譜で、彼が亡くなった場所を明記してあるものは一つもありません。

先日来の「霜川の動坂」で書いているように、一時――彼の小説家としての創作活動の一番重な時期ですが――「本郷区動坂」にいたことは確かなのですが、ではいつまで動坂にいたのか、その後どこに移ったのか、その後の居所は一箇所だったのかあるかは転々としていたのか誰も具体的に書いてくれてはいません。小説の執筆をやめ歌舞伎の評論を仕事としていた霜川は、霜川研究の埒外におかれてきたと言っても良い状況なのです。

とりあえずここでは、ある資料に、彼が《中野の自宅で亡くなった》ことが記されている、ということだけ書いておくことにします。

あらためて書いておきます。
1934(昭9)年3月7日、三島霜川(本名 才二)歿。享年59歳。
彼の遺骸は希望によって献体として解剖された由。医家の息子としての矜持かと私は思っています。

なお、
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=325457&log=20050307

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