めぐり逢うことばたち

短詩・樹花たまには歴史の歳時記 by かぐら川

2006年05月01日

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さるさる日記
■2006/05/01 (月) 霜川・秋声・涼葉

この日記の「3月16日」の項に、

《「神楽坂」ですぐ思い出すのは、鏡花や秋声の師であった尾崎紅葉の家〔横寺町47〕なのですが、三島霜川もそこには何度か出入りしているのです。
『三島霜川選集』の「年譜」、明治29年(1896)の条に、“尾崎紅葉の「十千萬堂塾」に入り、硯友社の同人となる。”》

と、引用を含めて書いたのですが、霜川の「十千萬堂塾」入りは、疑問と思われてなりません。
霜川旧知の田中涼葉と、――涼風を介して霜川と知り合うことになった――徳田秋声の二人がこの塾に参加したことで、霜川もこの塾に顔を出していたことは間違いないとしてもです。

秋声の動向の確認も含めて、松本徹氏の「徳田秋聲/年譜」より十千萬堂塾に関わる部分を摘記しておきます。

明治29年(1896)
11月、博文館を退社。12月、小栗風葉の誘いを受け十千萬堂塾(詩星堂とも。紅葉宅と裏つづきの家)に入り、柳川春葉を加えた三人で共同生活。やがて田中涼葉、中山白峰、泉斜汀らが加わる。

明治31年(1899)
2月、十千萬堂塾が解散、牛込の下宿に。

・・・ところで、霜川と秋声を結びつけた田中涼葉――涼葉は、十千萬堂塾での共同生活の前は、霜川の本郷弓町の下宿に寄留していた〔霜川十代中頃、二人は金沢で知り合いになっていたと思われる〕――のことも知りたいのですが、これもなかなかむつかしいようです。

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