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■2006/05/23 (火)
霜川・秋声・涼葉(2) |
秋声が田中涼葉について書いた一文を、――「過去帳」という随筆(明治37年8〜12月「活動之日本」連載)に見つけたので――書き写しておきます。
《「あだ浪」ちょう一作品を遺して、涼葉の逝けるは、今より七年前の事に属す。彼は鏡花氏と共に来たりて牛門に贄を執りし一人、一たび去って京都に行き郷里に還り後再び出游して新に同人と交を対す。然も当時既に肺を患えて、再び文壇に駆逐するの勇なく、房総の浜に病を養うこと月余にして、遂に効験なかりき。余初め涼葉が同宿せる霜川氏の下宿に於いて悠々、風葉諸友と屡々文学を論じ、涼葉と相識りしが、ゴホンゴホンの咳と共に、禿筆を呵してしきりに地方新聞の原稿に神を按しつつありしの状は、余が記憶する悲惨なる人の境遇の一なり。其の酒を被り、摂養に致さざりしが如きは、必ずしも深く咎むべからず。「あだ浪」は確かに世話物として、芝居に演ずべき価値あり。》
ところで、上の文によると、秋声が霜川の下宿を訪ね涼葉を知ったことになっています。はたして秋声は、霜川を訪ねて涼葉を知ったのでしょうか、涼葉を訪ねて霜川を知ったのでしょうか?。
なお、上の文は一昨年(2005)8月に徳田聲声記念館で発行された『徳田聲声金沢シリーズ 郷里金沢』によったものですが、この本の解説の「田中涼葉」に付された注も写させていただきます。
「田中涼葉 小説家。金沢生まれ。明治6年〜明治31年1月29日。代表作「仇浪」を収録した『仇浪』(鏡花「月下園」他を含む作品集。文禄堂・明治34年6月)の序文を聲声が書いている。」
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