めぐり逢うことばたち

短詩・樹花たまには歴史の歳時記 by かぐら川

2006年10月01日

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さるさる日記
■2006/10/01 (日) “猫の家”の前を歩く霜川(1)

《本郷区駒込千駄木町五十七》

この番地が、漱石の“猫の家”――漱石がイギリス留学から帰国し西片町(本郷区西片町十番地ろの七)に移るまで住み〔M36.3〜M39.12〕、「吾輩ハ猫デアル」や「坊っちゃん」を書いた家――のものであることに気付かれた方もおありかと思います。
(その10年ほど前、森鴎外が“千朶山房”と呼んで住んでいた〔M23.10〜M25.1〕のもこの同じ家だと言うのも有名な不思議な話です。鴎外はその後、観潮楼を建ててそこに移ります。)

漱石は、この家から弥生町の第一高等学校に教師として通っていました。その道筋はあらためて紹介しますが、この漱石の通勤路は、――「道草」に描かれたように、離縁した養父塩原昌之助に待ち伏せされ望まざる再会をした道でもありますが――なんと、動坂に住む三島霜川と小石川表町(のち本郷森川町)に住む徳田秋声とが、お互いに行き来に使っていた道でもありました。それはここに漱石が住んでいた時期とも重なっているのです。

〔追記〕漱石と霜川は面談の機会を持たないままだったと思われますが、秋声は明治41年11月、虚子の紹介で漱石と会っています。これを縁として『黴』の朝日新聞連載が明治44年8月から始まることになります。

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