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■2006/10/03 (火)
“猫の家”の前を歩く霜川(3) |
動坂の三島霜川と本郷の徳田秋声を結ぶ道に関連して、――それが“猫の家”の前の路でもあるので――昨日、余談と言うべきか、参考までにというか、漱石の『道草』の冒頭を少し略したりしながら新潮文庫から写したのですが、今日岩波文庫の『道草』を見ると、「根津権現の裏門の坂」に注して以下のように書かれていました。
(この注には疑義というより異議がありますが)参考の参考までにこれも写しておきます。
“本郷区(今の文京区)根津須賀町にある根津裏通りの急な坂。当時の地図と照合しても、この坂は北東から南西気味に上っており、作品のような南北の人物対峙の構図とはなり難い。漱石の記憶違いを指摘したり、脇道の出来事などと無理な解釈をするより、事実が組み変えられ、明確な構図が作られて作品効果が上がっている点を見るべきであろう。(以下略)”
ついでにもう一つ、この近くが書かれている作品を引用しておきます。“猫の家”の前の住人・鴎外の『青年』の冒頭です。
こちらは、権現「裏」の道と交わる十字路をさらに一校側に南に行ったところにある権現「前」の道と交わる丁字路です。しかも、歩く方向は漱石の場合と逆向きです。
“さて本郷三丁目で電車を降りて、追分から高等学校に附いて右に曲がって、根津権現の表坂上にある袖浦館という下宿屋の前に到着したのは、十月二十何日かの午前八時であった。
ここは道が丁字路になっている。権現前から登ってくる道が、自分の辿って来た道を鉛直に切る処に袖浦館はある。”
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