めぐり逢うことばたち

短詩・樹花たまには歴史の歳時記 by かぐら川

2006年11月04日

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さるさる日記
■2006/11/04 (土) 鱒二の霜川追悼文(2)

 10/18のこの日記に、“札幌にある古書店《弘南堂書店》さんのHPの〔文学書 - 自筆原稿・書簡・色紙・短冊〕目録の中に井伏鱒二の三島霜川への追悼文の自筆原稿があるのを見つけました。”と書きました。
 http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=325457&log=20061018
 今日、「井伏鱒二全集」に収録されていることが確認できましたので、霜川追悼に関わる部分の全文を書き写しておきます。

 貴重な霜川像です。

 弘南堂書店のHPには一部の写真版も掲げられていたので、“あらくれ”の文字が読み取れ、この追悼文が秋声のあらくれ会の会報原稿らしいことはわかったのですが、詳細は不明でした。
 (なにせ文学音痴の私は井伏鱒二が「あらくれ会」のメンバーであることなどまったく知らず鱒二と秋声、さらには霜川の関係など想像もしてなかったのですから。)

 秋声自身の霜川追悼文が「あらくれ」の昭和9年4月1日号に載っていることが「秋聲全集」で確認できたので、鱒二の文章もそこにあると思い、「あらくれ」の当該号をのぞいてみようと秋聲記念館にも問い合わせたのですが、――この号には他の方の追悼文も載っている可能性があるので――その号は所蔵していませんという残念な返事でした。
 で、ようやく時間のとれた今日、鱒二の全集に出会えたという次第です。

■2006/11/04 (土) 鱒二の霜川追悼文(2-続)

 “三島霜川氏が逝去されたとのことでお気の毒なことだと思う。三島霜川氏には十二三年前、私が某出版社に勤めていたときたびたびお目にかかったし、また私は原稿の居催促に行って三島さんの執筆ぶりを親しく見たこともある。三島さんは実に遅筆な人のようで、一字書いてはそれからお茶を入れかえて煙草に火をつけ、一ぷくすってお茶をすすり、やっとこさ一字書いたかと思うと消してしまうという具合で、二枚の原稿を書くのに昼の二時ころから夜の十時まで私は三島さんのそばに坐っていた。もっともその二枚の原稿は、翻刻本の全集の内容見本の発刊の辞で大至急を要する原稿であったが、三島さんは悠々たるものであった。そして原稿の出来上がるのを待ちかねている私のために三島さんは酒肴を出し「そこで飲んでいてくれると僕も気がらくで筆がすすむ」といって、そういうことを憚っている私に無理やり酒をのました。私は酒どころでなく、印刷工場で手をあけて待って原稿が出来上がらないと大損害になるので気が気でなかった。それで「先生も居催促されないと書けないたちですか?」と自然に失礼なきづまりなことをいうと、三島さんは腹を立て「僕はそんな大家になりたくないね」といった。どこかに若々しいところのある人であった。謹んで哀悼の意を表す。(三月十日)”

 〔昭和九(1934)年四月一日発行『あらくれ』第二巻弟四号(第八輯)「あらくれ会」欄に発表〕

――『井伏鱒二全集第四巻』(1996.12/筑摩書房)

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