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■2007/03/13 (火)
中也と金沢のメモ(2) |
中原中也の金沢時代(1912.9〜1914.3)の住まいは、前にも書きましたが、金沢市野田寺町5丁目3番地(現:寺町5-2-48)。
そして高峰家の菩提寺は野田寺町の西に接する泉寺町(現:寺町5-6-?)にある国泰寺です。当時中也は知る由もなかったでしょうが、譲吉は、1913年の5月2日、亡き両親の法要のためこの国泰寺を訪れ、金沢第一中学で講演もしています(参考:山嶋哲盛『日本科学の先駆者 高峰譲吉』(岩波ジュニア新書/2001.6)。とすれば、譲吉は近くの弟の家にも立ち寄っていると考えてもいいようですし、中也と顔を合わせているかも知れません。
あるいは、譲吉の帰省と講演が大きな話題になったことによって、中也は隣りの家が、《タカジアスターゼの兄さんか弟の家》だと言うことを知った・・・と考えてもいいのではないでしょうか。
(金沢の国泰寺は高岡二上山の国泰寺の末寺ですが、そのあたりのことは、別の機会に)
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