過去の日記
最新の日記
全て表示
お気に入り
めぐり逢うことばたちB-2
めぐり逢うことばたちB
《霜川年譜》などメモ帳
リンク集
東京の賢治
三島霜川メモ
おくのほそ道奇行
さるさるおすすめ
こだわりショッピング
無料日記を借りよう!


|
|
■2007/05/14 (月)
中原中也と父・謙助 |
『新編中原中也全集』別巻(上)の「中原中也年譜」(加藤邦彦)から中也の父・謙助に関する事項を書き写しておきます。中原家の構成もわかると思います。
━━━━━━……‥‥・・・・・・・・‥‥……━━━━━━
・明治40年(1907)
4月29日 山口県吉敷郡山口町大字下宇野令村第三四〇番屋敷(*1)に、柏村謙助・フクの長男として生まれる(*2)。当時、謙助30歳(*3)、フク27歳(*4)。
*1 住所表記は戸籍による。なお、住所表記はのちに山口県吉敷郡山口町大字下宇野令村一二七六−一と改められた。
*2 明治13年、中原助之とスヱの間に長男大助が誕生したが、生まれてすぐ死亡した。中原家における男子の誕生は、それ以来初めてのことである。兄助之から家督を譲られた政熊とコマの間には実子がなかったため、謙助・フク結婚七年目の子供の誕生に中原家はもちろん周囲も大いに沸いた。出生祝いは三日間にわたったという。(以下略)
*3 謙助は明治9年6月19日、小林八九郎・フデの二男として山口県厚狭郡に生まれる。明治18年、野村家に養子縁組して入籍、野村謙助となる。明治33年、フクと結婚するが、中原家には入籍せず、明治34年、柏村家に養子縁組して入籍、柏村謙助となる。明治38年、柏村家にフクとの婚姻を届け出る。大正4年、政熊・コマと養子縁組して中原家に入籍、中原謙助となる。同年、中原家の家督を相続。昭和3年5月16日、51歳で死去。
*4 フクは明治12年10月1日、中原助之・スヱの次女として横浜に生まれる。明治24年、中原政熊・コマと養子縁組して中原家に入籍。明治33年、野村謙助と結婚するが、入籍せず。明治38年、政熊・コマとの養子縁組を解消、柏村家に謙助との婚姻を届け出、柏村フクとなる。大正4年、謙助の中原家入籍に伴い、中原フクとなる。昭和55年、101歳で死去。
|