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■2004/02/13 (金)
「思想からみた明治維新」 |
市井三郎『思想からみた明治維新』(講談社学術文庫/2004.2.10)
先日(1/29)ご紹介した市井三郎さんの本が、先日再刊されていました。
『「明治維新」の哲学』のタイトルで、同社の現代新書にあったものですが、いつでも読めると思って、買わずにいたら絶版になっていたもの。「まえがき」から氏の歴史の見方の要約されている部分を紹介します。本論は、土日の車中のお楽しみとして、風邪の追い出しにかかりましょう。
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歴史とは、無限に近いほど多面的な複雑さをもつものです。ですからどれほど歴史の専門家であっても、歴史について絶対的に正しい見方に到達したといえることは望みえないものです。だが反対に、歴史はどうとでも見れるものではありません。個々の具体的事実は、いろんな史料によって、自然界の事実と同じように、科学的に決定されねばなりません。
と同時に、未来に向けて人間の歴史がどうあってほしいか、という各人の価値判断がちがいますと、過去の無限の出来事の相互関連をどう解釈するか、という点でのちがいをひき起こすことは避けえないものです。ですから、過去の諸事実を科学的に吟味する、という努力をできるかぎりおこないながら、しかも未来に向けた自分の価値判断を明示し、なぜ過去のこれこれの事実を意義深いものとしてとり出すか、という点をはっきりさせることが、われわれになしうる精一杯であるように思われます。
しびれるような(気持ちのいい)「さむけ」の感触が腰の辺りから波のように何度も何度も広がっていきます。
完璧に(私としては珍しく)重症の「風邪」です。
きのうはほとんど横になって過ごしましたが・・・。格闘中などというものではなく、風邪の好きなようにやってもらおうという気持ちです。
今度の土日の東京については、本来の要件〔日曜午前〕のほかの時間――土曜の午後と日曜の午後――をどう過ごすか決めかねています。
何ヶ所か、ある場所を訪れたいところはあるのですが、[ヨハネス・イッテン ―造形芸術への道]は、土曜の午後として、日曜の午後をすべて散策に使うのも(候補はたくさんあるのですが)、いかがなものか、とうれしく悩んでいます。
女性画家ベルト・モリゾの作品を中心にモネなどの印象派の画家たちの《パリ マルモッタン美術館展》を考えていたのですが、イッテンと印象派の連チャンもしんどい?なと思っていたときに、ある人が教えてくれたのが、《円山応挙展――<写生画>想像への挑戦》でした。「江戸東京博物館」というのも、まだ行ったことがないだけに魅力です。ほぼ、ここに決まりでしょうか…。
なおイッテン展については、「20世紀初頭の美学――イッテンの形・色・音をめぐって」という高橋巖氏の講演会があるそうで、netで軽い気持ちで申し込んだら(実は、申し込んだことを忘れていたのですが)、「定員150名に対し250名を超える」応募があったそうなのですが、【当選?】のメールが来てしまいました。
とてもうれしいことで、多少かぜ気味なのですが、土曜までに治そう?と思っています。
本来の用件のための準備も、今日からですが・・・。
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■2004/02/10 (火)
小野浩@広島の図書館(2)―1 |
2/7の日記に、広島の図書館の蔵書を検索した結果、小野浩の“作品集も、研究本はみあたりません”でしたと書きました。が、蔵書中いくつかの選集などの中に、小野浩の名前があったことを思い出して、あらためて検索してみました。
【兄・賢治の小説を清六が持ち込んだ出版社の編集担当だった――そして「これは私の方に向きませんので」とトランクいっぱいの原稿を清六に返した――そして自らも童話作家であった――小野浩の手掛かりをつかむための小さな探索の旅です。お暇な方は、お付き合いください。】
まず、《日本童話選集》。これは、小野浩(1894〜1933)の存命中に出版されているもの。
広島県立図書館の蔵書は、その1983年の復刻版ですが欠本があり(原本:童話作家協会編/大空社/第2輯1927;第3輯1928;第4輯1929;第5輯1930)その全容も、編集意図も、今のところわかりません。が、小野の作品がかなり収められています。(この選集の広島県立図書館の収蔵は小野が地元出身作家であるということを考慮してのことでしょうか。)
もう一つは、1920年前後に刊行された《ユーゴー全集》の訳者陣に小野が参加していることです。
この点は、どの(児童)文学事典もふれていなかった点で、大いに注目すべき点ではないかと思います。
これも欠本が多いのですが、収蔵されているのはやはり復刻版です。
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■2004/02/10 (火)
小野浩@広島の図書館(2)―2 |
あらためて調べてみると、原本は、ヴィクトル・マリ・ユゴー著/ユーゴー全集刊行会編/ユーゴー全集刊行会発行となっています。実際の発行は、“あの”「冬夏社」のようです。
1992年の本の友社からの復刻版の内容は、次のもののようです。
ユーゴー全集 小説1 宮原晃一郎
ユーゴー全集 小説2 早川善吉
ユーゴー全集 小説3 宮原晃一郎
ユーゴー全集 戯曲 平林初之輔
ユーゴー全集 詩集・史伝 小野浩
ユーゴー全集 歴史・論文 神津道一
原本と復刻版とが同じものかどうかかなり疑問なのですが、私の地元の図書館にある第2巻には、ノートル・ド・パリーが小野の訳で収められているようなので、近いうちに借り出してみるつもりです。
この「ユーゴー全集」、賢治は読んでいるのではないでしょうか?。
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■2004/02/09 (月)
お詫び?/デュ・プレ |
いつもは日付けが変更した[直後]?に、書き込むのですが、マイドームなるウィルスメールがまた来ていて、念のためにスキャンしていたらなかなか終らず、帰宅後に、追記させていただきました。
〔追記〕
ジャクリーヌ=デュ・プレの弾くシューマンのチェロ協奏曲!。
久々に魂の揺り動かされるような線の太い演奏に出逢いました。
演奏当時の夫君バレンボイムもいい音運びをニュー・フィルハーモニア管弦楽団から引き出してくれていて、小さい協奏曲ながら造形の難しいこの曲を、最後まで豊かな感性でまとめ上げています。
こうした演奏をいくつも遺していってくれたデュ・プレにあらためて感謝。
※ジャクリーヌ=デュ・プレ 1945.01.26〜1987.10.19
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■2004/02/08 (日)
《テスモフォリア》考(1)―1 |
ルソーの「不平等起源論」の第二部を読み返していて、以下の節で、――それまでテンポ良く?読み進めてきて――はたと、止まってしまいました。
この部分は、「私有(propriete)」の起源を説くところで、この論文のなかでも大切なところの一つ。ルソーを離れても「所有の原理論」としては、未だに示唆的な部分だと思います。
しかし、私が立ち止まってしまったのは別の理由なのです。デメテル神を崇拝する女性だけの秘儀《テスモフォリア》・・・。
“土地を耕すことから必然的に土地の分配が起こり、そしてひとたび私有が認められると、最初の正義の規則が起こった。
耕作者に対して、彼が耕した土地の産物についての権利を与え、したがって土地についての権利をすくなくとも収穫期まで、またそのようにして毎年毎年、彼に与えるのは、ただ労働のみである。以上のことが継続的な占有を作り出し、それが容易に私有に転化する。
グロティウスによれば、古代人たちがケレスに立法者という形容詞を与え、この女神に敬意を表して行った祭典にテスモフォリアという名前を与えたとき、彼らはそれによって土地の分配が新しい種類の権利、すなわち自然法から起こった権利とは異なった私有という権利を作り出したのだということを意味させたのである。”
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■2004/02/08 (日)
《テスモフォリア》考(1)―2 |
私の愛読している小林善彦訳の中公文庫の訳注は、《ケレス》に「ローマ神話に出てくる収穫・農業、さらには文明の神」と注したうえで、《テスモフォリア》に「立法者の女神を祝う祭典で、ギリシア人はその女神をデメテルと呼んだが、それはラテンではケレスにあたる。この女神は農業のみならず、結婚の制度や政治社会をも制定したとされる。」と説明を与えています。
「グロティウスによれば」と言っているのですから、その出典情報を書いてくれてもいいのにと思うのですが、私の不満は、別のところにあります。
ルソーが、自説の傍証としてグロティウスに語らせてまで明らかにしようとした、「テスモフォリア」と、「新しい種類の権利(=私有)」との意味的な(まず語義的な)つながりが、見えないのです。ここでは、テスモフォリア祭の内容――もちろん、これも詳細に知りたいところです、が訳注に期待するのは過分の要求――よりも、その不思議なギリシア語の原義が明らかにされれば、訳注としては十分な要件を充たしてくれるのだと思うのです。
何度か読み返しているうちに、グロティウスの引用がどの部分までなのか、意味の上からも、訳文の日本語としても、不明!ということも気になり始めました。
実はこの不充分な訳注のおかげで、――十年ほど前のことですが――ギリシャ神話の本を何冊もひっくり返してデメテル神話の興味深い世界を探ることができ、ギリシア神話に親しむこともできたのですが、訳注に述べられている「立法」との関係だけは判然としなかったのです。
久しぶりにこの個所を読み返してみて、再調査を思い立った次第なのです。
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■2004/02/07 (土)
小野浩@広島の図書館(1) |
小野浩のこともう少し知りたいなと思っています。
そこで、地元の図書館(広島県立図書館、竹原市立図書館etc)なら関係資料があるのではと思って、HPで蔵書検索をしてみましたが、「赤い鳥」誌掲載の作品から一作品「金のくびかざり」のみが収録されている『赤い鳥傑作集』(新潮文庫/1955)以外、作品集も、研究本はみあたりません。
※童話について言えば小野の作品は「赤い鳥」には36編が発表されているらしいのです。が、全集は無いようで、童話集『森の初雪』(童話春秋社/1940)、選集『鬼のゆびわ』(国民図書刊行会/1948)があるということはわかっているのですが、出生地という有縁の図書館には、残念なことにそれすらありませんでした。
そのとき、ふと、広島県立図書館のHPに「電子メールレファレンス受付」というものがあり、“広島県立図書館では、電子メールによるレファレンスをお受けします。”と書いてあるではありませんか。利用は、原則県民に限るとしながらも、広島県郷土関係については、県外者でもOKとのこと。
さっそく、「貴県竹原市出身の童話作家、小野浩に関する文献(評伝、作品研究など)、なにかありますでしょうか。よろしくご教示くださいませ。」とメールを送らせていただきました。1月22日のことでした。
(続く)
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■2004/02/06 (金)
青山 士に出逢っていた日? |
青山 士(あきら)の名をきのう初めて聞いたと思ったのだが、果たしてそうなのだろうか。私は、青山士のことをほんとに知らなかったのだろうか。
いま探しだしたNHK市民大学のテキストは、1985年に放送された『水と人間の文化史』(高橋裕)のもの。約20年前である。
この中に、「治水の伝統」の項があって、その(2)は、「信濃川」。まさに大河津分水がテーマで、10ページにわたって地図や写真がふんだんに紹介されて、川と人間の苦闘の歴史がくわしく述べられている。そして、欄外に読めないような雑な字で、いくつも書き込みがしてあることから、この回の放送(8/7)を見たことは間違いないところなのである。
そうなのである。そこには青山士の事績もエピソードも紹介されてあり、自宅前で杖を持ち石?に腰をおろした晩年の青山の写真があり、記念碑の名句も写真取りされて掲載されているのである。そう、この写真は、見覚えがある!。
以下、本文のテキストから。
“この碑には青山の名はどこにも無い。青山が新潟へ来る前に完成させた荒川放水路の碑にも、彼は自分の名を刻むことを頑固に拒否した。第二次大戦末期、海軍が静岡県磐田市の青山邸を訪ね、パナマ運河砲撃について教えをこうた時、青山は「私は造ることは知っているが、壊し方は知らない」と答えて帰したという逸話がある。”
ちなみに、この1985年当時、私は越後平野に生きた良寛のことを知らなかったことは間違いのないところである。良寛寂滅の地・和島村の良寛記念館で良寛の書に出逢うのは、その後の1997年のことである。この記憶は間違いはない。
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