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例えば「泣く」という表現一つをとっても、いろいろ言い回しはある。それが日本語の良さだと思う。いろんな言い方ができるので、文章に個性が出る。
悲しくて激しく泣くことをなんと表現するか?私は某所で「慟哭」と表現したことがあった。昔、工藤静香の同名の曲があった。それでその意味を知った。いつか使ってみたい言葉だった。そして書いてみた。
しかしあっさりと真似られてしまった。たぶん使った本人は真似ようなんて気は、さらさらなかったのだろう。表現の自由なんていうと堅苦しいし、大袈裟なのだが。
しかし、こういうことがあるたびに思う。自分は知らず知らずのうちに「いいな」と思った言い回しや表現を使っていないか?それと同時に、同じ表現をされてしまうということは、自分が没個性であるのかもしれないと思うようにしている。真似じゃない。ありがちなんだ・・・と思うようにしている。
私はつるむのが嫌いだ。日常生活でも、誰かとつるんで行動することがほとんどない。だから見かけによらず、友達が少ない。ネット上でもそうかもしれない。
それはつるんで、徒党を組んでいる人たちを見ると、反吐が出そうになるからだ。つるんでいる人たちをみると、自分の価値観と他人の価値観は違うのに、どこか無理をして合わせているような気がしてならない。もちろんそうではない人もいるだろうけど。
そういう人たちは、たいていがどこかで誰かをつるし上げている。そんなことをしてなんになるというのだろうか?そういう日記やサイトを見ると、歪んでいるのだろうか?と思ってしまう。
もしくはストレスが溜まっているのかなぁと同情さえしてしまう。
誰が見ているのか知らないけど、なぜかカウンターが回っている。不思議だ。
人の日記を真似るってどういうことだろうね?真似た人、真似たられた人、それぞれ言い分はあるだろうけど、それを全然部外者があーだこーだ言うのはどうだろう?
真似ることは私も大嫌いだが、それについて当事者以外が口出しするのはもっと嫌いだ。私の場合、日記のネタを真似られたり、パクられたりしたことは1度だけある。以前、さるさるのメールマガジンに紹介文が掲載されて、それを見た人がやって来て、メールをもらった。
「私もさるさるで日記を書いています。HPもあるので見に来てください」ということで見に行った。するとそこには私がその日書いた日記がそのままそっくり「○○は××なんですって」と書いてあった。
え?なんで?どういうこと?・・・せめて「とある人の日記で読んだのだが」みたいな一言があっても良かったのに。ちなみにその人の職業は、某地方局のアナウンサーでした。
そんなことでいいのか?
あけましておめでとうございます。心機一転、こっちで新しく日記を書こうか・・・それとも、こっちはただの駄文を綴る場所にしようか悩んでおります。というのも、あっち・・・表の日記は、ランキングから飛んで見に来ている人も何人かいるみたいで・・・ちょっと嫌なんですよね。
あなたって日記に愚痴とか書かないよねと言われたことがある。書かないんじゃない、書けないのだ。だって同じサークルの人も見てるし、娘の同級生のお母さんも見てるし、それに同じアパートの人も見てるし・・・そんな状況で書けるわけがないのです。
人のサイトの悪口や、人の日記の悪口などを買いているのを読むと、「じゃああなたはそんなに素晴らしい日記を書いているの?」と思いたくなるし、私がそう思われるのも嫌なので書かなかったし、今後も書かないつもりです。表にはね。(笑)
え?じゃあこの裏日記はなんのため作ったの?とお思いでしょうが、ま、ここは私の駆け込み寺というか息抜きの場というか、どうしても言いたくなった時・・・そうまるで「王様の耳はロバの耳〜!」と叫んだ床屋さんの穴のような物にするつもりなのです。
あんまり見苦しくならないようにしたいけど・・・あくまでも希望的意見。
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